大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2634号 判決 1974年3月07日
原告
岡島英子
ほか二名
被告
奥本信雄
主文
1 被告は原告ら各自に対し金三三一、六八八円宛、およびこれらに対する昭和四一年二月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告らの負担とし、その二を被告の負担とする。
4 本判決は第1項につき仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告ら各自に対し、三、〇六七、六六六円宛、およびこれに対する昭和四一年二月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和四一年二月五日午後零時五〇分頃
(二) 場所 大阪市城東区鴫野東二丁目二番地先道路上
(三) 加害車 普通貨物自動車(大四ろ五〇四一号)
右運転者 被告
(四) 被害車 原動機付自転車
右運転 訴外岡島弘
(五) 事故の態様
被告は加害車を道路左側に東向きに停車させ、運転席でエンジンの調整中、右側ドアをいきなり開いたため、後方から進行してきた被害車の左ハンドルに右ドアを接触させ、被害車と訴外岡島弘を道路上に転倒させた。
2 責任原因
被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた(自賠法三条)。
3 損害
(一) 訴外岡島弘は、本件事故により後頭部、右側頭部打撲挫傷の傷害を受け、前同日死亡した。
(二) 逸失利益
亡弘は本件事故当時大阪城東郵便局に勤務し、一年間に五〇五、五七二円(月額四二、一三一円)の収入を得ていたところ、同人は事故当時二七才であつたから、なお三六年間就労が可能であつた。そして同人の生活費は月額一二、〇〇〇円と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を月別単利のホフマン式計算法によつて算出すると、七、四〇三、〇〇〇円となる。
原告岡島英子は亡弘の妻であり、原告岡島利失、同岡島弘美は亡弘の子であつて、亡弘の相続人の全部であるから、原告らは亡弘の損害賠償請求権を各三分の一宛相続により取得した。
(三) 慰藉料
亡弘の慰藉料 一〇〇万円
原告ら固有の慰藉料 各六〇万円宛
4 損害の填補
原告らは自賠責保険金一〇〇万円の支払を受けた。
5 結論
よつて請求の趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
請求原因1の(一)ないし(四)は認めるが、(五)は否認する。被告は加害車の右側ドアを全然開いておらず、加害車のドアは被害車に接触していない。加害車の右側ドアのふちの凹みは、本件事故当時以前から存在していたものである。もし右の凹みが本件事故によつて生じたものであるならば、亡弘の左手指に骨折等の外傷が生じている筈である。また、加害車の右側ボデイの擦過痕も事故以前から存在していたものであつて、被害車との接触によるものではない。更に路面の擦過痕についても、それ自体証拠上極めて曖昧であり、また加害車の停車位置は実況見分調書記載の位置よりかなり東北寄りであつたから、路面の擦過痕を根拠にして接触の事実を推認することはできない。
請求原因2のうち被告が加害車を所有していたことは認めるが、その余は争う。
請求原因3の(一)は認めるが、(二)、(三)は争う。
請求原因4は認める。
三 被告の免責の抗弁
仮に被告が右側ドアを開けたため本件事故が起きたとしても、被告には過失がなく、本件事故は亡弘の一方的過失によつて発生したものである。
すなわち、仮に加害車の停車位置が実況見分調書記載のとおりであるとしても、被告は加害車を幅員八・二米の道路の左端から二・九米の位置に停車さしていたのであるが、加害車の右側端から道路中央までにはなお一・二米の余地があり、事故当時道路の交通量は比較的少なく、道路の右側部分には対向車もなく、昼間で前方の見通しも良かつたのであるから、亡弘が前方注視をつくしておれば加害車の停車状況を十分確認し得た筈であつて、何も加害車に近接してその右側を通過しなければならない特別の事情はなかつた。従つて、被告としては後続の被害車が加害車の右側を近接して通過してくることを予見できなかつたものであり、被告には何ら注意義務の懈怠はない。結局本件事故は、亡弘が前方注視を怠り加害車の右側を近接して通過しようとした一方的過失によつて発生したものである。
四 抗弁に対する原告の答弁
被告の抗弁事実はすべて否認する。本件事故は被告の一方的過失に起因するものである。
すなわち、本件事故現場は平坦な舗装道路であつて転倒の原因となるような欠損部分もなく、亡弘は健康且つ運転経験も十分であつたから、同人が加害車と関係なく転倒することは考えられない。亡弘の左手薬指には挫創があり、同人が着用していた皮手袋の左手薬指背面にも紡錘状の破れがあるが、この傷は加害車の右側ドアと接触した際生じたものである。被告は加害車の運転席においてエンジンの調整中、後方から進行してくる車両の存在に何ら注意を払うことなく、いきなり右側ドアを開放した過失により、折から加害車の右側を進行していた被害車の左ハンドル部分に右ドアを接触させて被害車を転倒させたものであつて、亡弘には何ら過失はない(なお、被害車は加害車の右側ボデーに接触するような至近距離を通過しようとしていたものではない。)。
理由
第一事故の発生
請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争がない。
第二事故の態様と被告の過失の有無
被告は事故の態様を争い、かつ免責を主張するので、事故の態様と被告の過失の有無につき併せて判断する。
〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。
一 本件事故現場は、ほぼ東西に通じる歩車道の区別のない幅員八・二〇米のアスフアルト舗装道路上であり、時速四〇粁の速度規制が行われ、現場附近は見通しのよい直線道路であつて、事故当時の交通量は比較的少なかつた。
二 被告はかねてその所有する加害車を自己の業務のために使用していたものであるが、本件事故当日、被告の被用者である植田智がその業務のため加害車を運転して事故現場近くの取引先まで来たところ、加害車のエンジンの調子が変調を来たした。そこで被告は自らこれを調整すべく、植田を助手席に同乗させたうえ、加害車を運転して事故現場附近を試走し、同日午後零時五〇分頃、本件事故現場道路上に、車首を東向きにして一時停車した。加害車の停車位置は、道路北側にある日本紙加工株式会社の正門西側門柱から西へ五・三〇米のところに加害車の車首があり、道路北端から南へ一・三〇米のところに加害車の左側面があつた〔証拠略〕によれば、加害車の右側面は道路北端から南へ二・九〇米の位置にあり、〔証拠略〕によれば、加害車の車幅は一・六〇米であることが認められるので、加害車の左側面と道路北端との間の距離は一・三〇米であつたものと認められる。)。
三 被告は右の場所に一時停車し、運転台に乗つたまま、後方の安全を確めることなく右側のドアを約一〇糎位開いてエンジンをふかしその調子をみていたが、更に下車して調べるべく右側ドアを大きく開こうとした際、加害車の右後方から東進して来た被害車の左ハンドル端附近が、加害車の右側ドアの外側の縁(へり)の部分に接触した。
四 亡弘は被害車を運転して本件道路を西から東へ向つて進行し本件事故現場附近にさしかかり、前記の位置に停車中の加害車の右側を通過すべく、加害車の右側端から約五〇糎のところを進行していた際、車体をやや左に傾けた状態で前記のとおり自車の左ハンドル端附近を加害車の右側ドアに接触させ、そのためにハンドルを取られて右斜前方へ逸走して転倒し、その場に投げ出され頭部を強打した。
以上の事実を認定することができる。
被告は加害車の停車位置を争い、右認定の場所より更に東北方であつた旨主張するが、前掲証拠によれば、〔証拠略〕に記載されている加害車の停車位置は、事故直後の実況見分の際、被告がその記憶に従い自ら加害車を運転してその位置に停車し、警察官に指示した地点であることが認められ、警察官が被告人の指示と異なる地点を特に作為して記載したものとは認められず、前記の認定に反する〔証拠略〕の一部は、前掲証拠に照したやすく措信することができない。また、被告は加害車の右側開扉の事実および接触の事実を否認しているが、前掲証拠によれば、事故現場は平坦なアスフアルト舗装道路であつて他に被害車の転倒の原因となるような障害物は全く見当らないこと、加害車の右側ドアの外側の縁に中心部の深さ約三粍の凹みがあり、被害車を加害車の右側面から約五〇糎離して約八度位左に傾けると、被害車の左ハンドル端と右凹みの位置がほぼ一致すること、亡弘の左手薬指に基節部を中心として挫傷があり、亡弘が当時着用していた皮手袋の左薬指背面附近に破れが生じていること、被告は実況見分時および警察において捜査官に対し加害車の右側ドアを開いた旨供述していることが認められ、これらの事実を総合すると、加害車の右側開扉の事実および接触の事実を認定するに十分であり、右認定に反する〔証拠略〕は前掲証拠に照したやすく措信し難い。そして他に前記認定を覆えすに足る証拠はない。
そこで以上認定の事実に基づき、被告の過失の有無について判断するに、被告は加害車のエンジンを調整するため本件事故現場道路上に加害車を停車させ、右側ドアを開扉したのであるが、このような場合自動車運転者としては後続車両の進行を妨げないよう自車をなるべく道路の左端に寄せて停車するとともに、道路上に停車中の車両の右側開扉行為は後続車両に対して特に危険性の高い行為であるから、右側ドアの開扉に当つては後続車両との接触を避けるためあらかじめ後方の安全を十分確めてから細心の注意を以てドアを開き、その後も絶えず後方に留意すべき注意義務があるにもかかわらず、被告は右注意義務を怠り、幅員八・二〇米の道路左端から一・三〇米もの余地を残して加害車を道路のかなり中央寄りに停車させ、しかも後続車の有無など後方の安全を確めることなく漫然と右側ドアを開き、その後も全く後方に留意しなかつた過失により、折から加害車の右側を通過しようとした被害車の左ハンドル端附近に右ドアを接触させ、本件事故を発生させたものであると認められる。なお被告は、後続の被害車が加害車の右側を近接して通過して来ることを予見できなかつた旨主張するので検討するに、なるほど当時の交通量は比較的少く昼間で前方の見通しも良好であつたから、後続車が十分に前方を注視していればあらかじめ加害車の停車位置を確認でき、加害車の右側を安全な間隔を保つて通過することにより接触事故を避け得たであろうことは推認に難くなく、従つてこの点に後続車である亡弘にも運転上の過失があつたことは勿論であるが、他方、被告は前記のとおり加害車をかなり道路の中央寄りに停車させ、道路の左側を通行する後続車の進路を妨げる位置にいたのであるから、後続車が左側通行の原則に従つて道路の左側を走行して来る以上、加害車を追抜く際にはなるべく対向車道に入らないよう相当程度加害車に近接してその右側を通過しようとする後続車のあることも当然予想できないことはなく、従つて自動車運転者として本件のような後続車の近接通過を全く予見できなかつたものとは、軽々しくいうことができない。
第三責任原因
被告が本件事故当時加害車を所有していたことは当事者間に争がなく、前認定の事実によれば、被告は当時加害車を自己の業務のために使用してその運行の用に供していたこと、本件事故は加害車を道路上に一時停車させエンジンの作動中に発生したものであつて加害車の運行によつて生じたものであることが認められる。そうすると、被告は自賠法三条に基づき、免責の抗弁が認められない限り本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるところ、前認定のとおり被告に過失が認められる以上、被告の免責の抗弁は採用できないから、被告は原告らに対し右賠償の責がある。
第四損害
一 請求原因3の(一)の事実(亡弘の受傷とその死亡の事実)は、当事者間に争がない。
二 逸失利益
〔証拠略〕を総合すると、亡弘は本件事故当時二七才の普通健康体の男子であつて、大阪城東郵便局に保険外務員として勤務し、一年間に五〇五、五七二円の給与を得ていたことが認められる。そして、同人の就労可能年数は事故の日から三六年、生活費は収入の三〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益の事故当時の現価を、年毎のホフマン式により年五分の中間利息を控除して算出すると、七、一七五、三三〇円となる。
(算式五〇五、五七二×〇・七×二〇・二七五)
〔証拠略〕によれば原告主張の相続の事実(原告らの相続分は三分の一宛)が認められる。
三 慰藉料
亡弘と原告らとの身分関係、本件事故の態様、発生時、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故による慰藉料額は、亡弘につき一、〇〇〇、〇〇〇円、原告らにつき固有の慰藉料として各六〇〇、〇〇〇円宛が相当であると認められる。
四 過失相殺
被告の主張には過失相殺の主張も含まれるものと解されるところ、前認定の事実によれば、亡弘は被害車を運転して本件道路上に停車中の加害車の右側を通過するに際し、当時昼間で前方の見通しがよく交通量も比較的少なかつたのであるから、十分前方を注視して加害車の停車位置や右側ドアの開扉状況を確めた上、加害車との安全な間隔を保つてその右側を通過すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と加害車の右側約五〇糎の近距離を通過しようとした過失により、本件事故を発生させたものと認められる。そして本件事故の態様や前認定の被告の過失内容等諸般の事情を考慮すると、原告の右過失の程度は被告のそれに比較してかなり重大であるから、過失相殺として原告らの損害額の八割を減ずるのが相当であると認められる。
五 損害の填補
原告らが自賠責保険金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、右は原告ら各自の相続分に応じてそれぞれの損害に充当されたものと認められる。
六 損害残額
以上の認定に基づいて原告らの損害残額を算出すると、各原告につき三三一、六八八円宛となる。
(算式〔(七、一七五、三三〇+二、八〇〇、〇〇〇)×〇・二-一、〇〇〇、〇〇〇〕÷三)
第五結論
以上の理由により、被告は原告ら各自に対し三三一、六八八円宛、およびこれらに対する本件事故の日である昭和四一年二月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村正策 小田泰機 菅英昇)